まず、イーロン・マスクがこれまで歩んできた事業の流れを見てみよう。
- 1995 – Zip2:オンライン都市ガイドおよび地域情報プラットフォーム。1999年にコンパックに売却し、約2,200万ドルを得た。
- 1999–2000 – X.com → PayPal:オンライン金融サービスX.comを創業、Confinityと合併後PayPalに改名。2002年、eBayに約15億ドルで売却。
- 2002 – SpaceX:民間宇宙開発企業を設立。再利用可能なロケットやStarlink衛星網を開発。
- 2004 – Tesla:出資者として参加後、CEO兼プロダクトアーキテクトに就任。電気自動車市場を牽引。
- 2002 – Musk Foundation:再生可能エネルギー、小児研究、AI安全性プロジェクトを支援。
- 2006 / 2016 – SolarCity → Tesla Energy:太陽光発電企業を設立し、2016年にTeslaが買収してエネルギー部門に統合。
- 2015 – OpenAI:人類に有益で安全なAIの開発を目指し共同設立。
- 2016 – Neuralink:脳とコンピューターのインターフェース研究。神経疾患の治療を目指す。
- 2017 – The Boring Company:地下トンネル交通システムを開発。
- 2022–2023 – Twitter → X:Twitterを買収しXにブランド変更。「スーパーアプリ」を目指す。
- 2023 – xAI:AI企業を設立し、Grokチャットボットを提供。
インターネット事業Zip2を始める直前、イーロン・マスクは博士課程に入学していた。専攻は材料工学、その中でもエネルギー関連の研究テーマだった。しかしすぐに退学し、最初の事業を始めた。(修士号は取得していない。アメリカでは修士を経ずに博士課程に進める。韓国の修士・博士一貫課程も同様の仕組みである。)
私はこれが、「物理学は食えない分野だ」という固定観念をマスクがどう打ち破ったかを理解する最初の出発点だと思う。物理学を専攻し、その道を志すなら、一般的には修士、博士を経て研究者か教授になる——これは非常に伝統的で、一つの分野に専念するスタイルだ。少し厳しい言い方だが、この「一般的な道」は安定を好む人が選びがちだ。「安定」とは怠けることではない(教授を怠け者と呼ぶのはおかしい)が、創造性が低いという意味では当たっている。自分の中に「私はこれをする人だ」という枠を作り、その枠の中だけで考え、呼吸するようになる。
クラシック音楽も同じだ。音楽中学 → 音楽高校 → 音楽大学 → 海外で修士・博士 → 帰国して講師 → 教授に就任。このルートを辿ると、クラシック音楽も食べていくのが難しい分野になってしまう。マスクは博士課程の入り口で大きく方向転換した。しかし新たな道は物理学と無関係ではなかった。「ロケット打ち上げ」、「電気自動車」ほど「エネルギー」と密接に関わる分野は他にないからだ。
Zip2とインターネットの発展
Zip2は基本的に現代のGoogleマップのようなサービスだった。90年代半ばはインターネットが普及し始めた時期で、人々はまだ紙媒体で情報を得ることが多かった。Zip2はその情報をオンライン化し、地図上に店舗の位置、行き方、電話番号、提供サービスを表示した。2025年の今でも役立つ情報だ。
当時のサービスはこちらで大まかに体験できる。
私がZip2のようなビジネスをしても成功できなかった理由
仮に、2025年の私がこの頭のまま1995年に戻ってZip2をやるとしたら、どこでつまずいただろうか?
1. 地図データはどこから入手する?
2. サーバーはどう構築する?
3. 店舗情報はどう集める?
4. 作ったサービスをどう企業に売る?
私は間違いなくこれらの問題で尻込みしただろう。データを取得し、サーバーを構築するには資本が必要だ。(当時はクラウドサービスが発達しておらず、物理サーバーを自前で用意しなければならなかった。)資本を得るには投資家が必要だ。投資家を得るには明確なビジョンが必要だ。ビジョンを実行するには技術力が必要だ。そしてそのためには興味と見る目が必要だ。現実では、これらが順番通りに揃うことは稀で、興味もないのに義務感でやって挫折したり、資本を注ぎ込んでも市場の流れを読めずに淘汰されたりする……
初期資金
イーロン・マスクは共同創業者と合わせて1万5,000ドル(うちマスク本人は2,000ドル)を出資し、小規模なエンジェル投資家(友人やスタンフォードの人脈などと推測)からの支援で事業を開始した。この資金でシリコンバレーの中心地パロアルトに小さなオフィスを借り、サーバーや基本設備を購入し、無料のNavteq地図データと地域ビジネスデータベースを組み合わせた最初のシステムを構築した。(後に最高技術責任者となったが、初期にはマスク本人がコードを書いていたようだ。)
この地域ビジネスデータは無料ではなく、Zip2はイエローページや地域商工会議所のデータベースを購入したり、自ら足を運んでデータを収集したとみられる。
初期段階の後、父エロール・マスクから約2万8,000ドルが追加で投入された(インタビューによる)。マスクは当初これを否定したが(父との関係が悪かったためと思われる)、後に一部認めた。この資金はサーバーの増設や商用地図・データのライセンス費用に充てられ、サービスの安定化を図ったのだろう。この時期に技術基盤を固めた。ビジョンはあっても社員も収益も少ない時期だった。
成長資金
地図と店舗データを組み合わせる技術を確立した後、1996年にベンチャーキャピタルのMohr Davidow Venturesから300万ドルの投資を受けた。この資金で地域の小規模営業から脱却し、全国紙にバックエンドソフトを販売するB2B戦略へと転換。外部CEOの招聘、営業・マーケティングの強化、大手新聞社との契約推進を可能にした。
この時期からZip2はニューヨーク・タイムズ、Knight Ridder、Hearstなど米国の主要メディアと提携してオンライン都市ガイドを構築し、1998年までに約160紙と協力するまでに成長した。契約規模が大きくなるにつれ、収益の一部を再投資してサービスやインフラを拡大し、急成長を続けた。
後期
そして1999年、コンパックが3億500万ドルでZip2を買収し、イーロン・マスクは約2,200万ドル、キンバル・マスクは約1,500万ドルを手にした。初期のエンジェル投資とVC資金が事業拡大と戦略転換を後押しし、最終的に成功したエグジットに至った。これがZip2の典型的な成長パターンである。
続きは次回へ…